ややこしや
ややこしや、ややこしや。 ややこしや、ややこしや。 わたしがそなたで、そなたがわたし。 そも、わたしとは、なんぢゃいな。 ややこしや、ややこしや。 ややこしや、ややこしや。 おもてがござれば、うらがござる。 かげがござれば、ひかりがござる。 ややこしや、ややこしや。 ややこしや、ややこしや。 ひとりでふたり、ふたりでひとり。 うそがまことで、まことがうそか。 ややこしや、ややこしや。 ややこしや、ややこしや。 ややこしや、ややこしや。 |
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あれこれ考えた
新しい手帳が並ぶシーズンになって、真剣に手帳選びをする人たちを多く見かけるようになりました。 私も一冊選びました。 好きで好きでたまらない!と(なぜか)感じた一冊で、これから1年一緒に過ごすにふさわしい手帳。 新しい手帳にいろいろと書き写すときに、昨年の私が書いた「リスト」が目にとまりました。 その名も「野望リスト」(笑)。 書いたことのほとんどは、さまざまな形で実現していました。 まだ実現していないものも、順調に実現にむけて動いていました。 私は実現したいと強く願う目標を手帳に書いていて、 日常で判断に迷ったときに眺めます(普段は存在すら忘れています)。 叶えたい夢や目標は紙に書いてあちこちに貼ったほうがいいと聞いたことがありますが 手帳で十分だと私は思います。 あちこちに貼るのってなんか…どうなの、それって。 恥ずかしいとかじゃなくて、う~ん、なんで抵抗があるんだろう。 ちょっと考えてみたら、2つの理由が思いつきました。 以下は私が考えた「最終的な夢や目標は自分だけがこっそり知っている方がいいと思う理由」です。 *** 1つ目。 人に知られると嫉妬や中傷を受けたりして、それによって自分の心の中に別の思いの波がおこってしまう。 その結果目標や夢と選択する行動との間にぶれが発生する。 「できっこない」という人の意見や説得に対応するのはしんどいし、時間の無駄だと思う。 夢や目標の実現にあたって一番の敵は、 「環境が整っていない」とか「チャンスがない」とかじゃなくて、「人々の偏見」だろうと思う。 以前ある人に 「私は理解できないし、私に理解させてもしょうがない」とメールで言われたことがある。 その時は「人にこのようにストレートに言う人もめずらしい」と驚いたけれど、 実際それは真実だと思う。 こちらとしては、別に理解させたくて話をしているわけではないのだけれど、 話を聞くということと、話を理解して同意することを【セット】で考える人もいるのだ。 私は私の夢がすべての人に理解されると思っていない。 そもそも私の夢や目標は、人に話して想像してもらえるようなものじゃない。 そういう段階で反対する人に説明している時間が惜しい。 反対する人や無理だと言う人を無視できる性格なら皆に話しまくっても大丈夫だろうけど 私は無理。いちいち胸に受け止めて考え込んでしまうから。 2つ目の理由。 私の目標は短期で実現するものもあれば、長期的なものもある。 短期的だからって実現しやすいってわけでもないし、長期的だからって難しいってこともないけど まぁ、そんなにサクサク行かないことだって多い。というか、サクサク行かないことばかりだ。 語学学習と一緒で、 「どれだけ成長しているか」なんてのを毎日眺めていては、 「まだできてない」なんていうマイナスの印象が頭に浮かんでしまう。 微々たるものながらも自分の成長に心を震わすことができる人はすごいとは思うけれど 私は自己肯定感が低いから、 うまくできないことに焦点を合わせて肩を落としてしまう。 だからアチコチ目に付くところに目標を貼りだすより、手帳に書いて普段は忘れているくらいがちょうどいい。 *** あくまでも「私はこう思う」という範囲を出ないので 人にダメって言われると余計に燃えるとか、 日々に迷いはなく、小さなステップさえも愛おしいというタイプの方は 大きく書いて貼りだすのもありかも。 私は昨日の自分と今の自分を比べるより、 数ヶ月前の自分と比べるほうが楽しいからそうしているだけ。 格段の成長が感じ取れるから。 「あぁ、これもあれも実現している!」という感動や驚きは、 迷った時の行動に強い後押しとなる。 「これでいいんだよ。」と後押しされたように思える。 もし数ヶ月前の自分と比べて今の自分に「格段の成長」を感じられないならば、 どこかに問題があるのかもしれないとちょっと考える。 強烈な違和感を感じたならば、その目標をさくっと捨ててしまうこともある。 そこまで強烈に何かが違うと感じるなら、「それでも!」と頑張るより、「そっか」と捨てるほうが、疲れないから。 こう書いていて思った。 基本的に私はへたれなんだな(笑)。 周囲の反対や、「こうすべき」という考えにへたりやすいんだ。 だから極端に付き合う人が限定されるのか。 なるほどね。 |
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淡々とやる
歩道橋に立ってぼんやり流れる車を眺めていた。 どの人の言うことも私をとらえていない。 私の言うことを誰かがとらえたとき、私はもうそこにはいない。 私は、私のやるべきことを、ただ淡々とやっていこう。 それが人の役に立つかどうかは、後から人が見て決めることだから。 |
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