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花

相談にのっていて、

途中で「もうこれ以上は相談しないでください」というのは卑怯だし、

だったら最初から一線を越えないほうが、お互いのためではなかろうか。


その人のことを丸ごと抱え込む気なんて全然ないのに、

中途半端にその人にかかわることの意味は?

私にかかわることの、意味は?

 

ああ主のひとみ まなざしよ

三たびわが主を いなみたる

よわきペテロを かえりみて

ゆるすはたれぞ 主ならずや (讃美歌243番)



今日の礼拝は正直、欠席して無心に仕事をしたかった。

心が悲しみに覆われていたから。

でも「すべて疲れた者、重荷を負うものは誰でも私のもとに来なさい。」マタイ11:28

という言葉を思い出して

重い心を引きずりながら礼拝にあずかりました。



信じていた人の裏切りが今日のテーマでした。

下地となったのはルカ福音書22章54-62ですが、こんなシーンです。


***



受難を予告したイエスに向かってペテロは「私は牢獄までもお伴する!」と言います。

ところが「あなたは鶏が鳴くまでに、3度私を知らないという」とイエスに言われます。

ペテロは激しくその言葉を否定しますが、人間とは弱いもの、

結局イエスの予告通りペテロはイエスを裏切ってしまう。

イエスが連行され、民衆がもみくちゃになって…。

「この人も弟子でしょ?」と民衆に指差されるペテロ。


イエスなんて知らない!と大声をあげて弟子であることを3度否定した、まさにそのとき。

突然鶏が高らかに鳴き、イエスは振り向いてペテロをじっとご覧になります。


その瞬間ペテロは

「今日鶏が鳴く前に、あなたは3度私を知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出します。

そして朝もやの中、外に出て、激しく泣くのです。



***



イエスのまなざしの中にイエスの思いが込められていると私は思います。



私はお前を責めない。

それでも、お前を愛す。



今、私の心はとても静かで、澄んでいます。

「あなたは立ち直れる。」

これは今日の説教主題です。

私はこの言葉が言えるほど立派な人物じゃない。



でも。



それでも、あなたを大切に思っているよ。



…この思いは確かに私の中に存在しています。

大丈夫だから。

自分の力を信じてあげてね。

 

ねえムーミン、友だちが、

いちばん好きなことをしながら生きていけるようになるって、

すてきなことじゃない?


ムーミンママ「ムーミン谷の夏まつり」

 
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